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2016年12月16日金曜日

外国人の観光ビザ手数料、7年ぶり無料に

外務省は、10月のラマ9世プミポン国王御崩御以来落ち込んでいる外国人観光客を取り戻すため、正規観光ビザの申請料金を期間限定で無料とする方針を決めました。観光ビザの申請料金が無料となるのは、2010年のタクシン派反乱劇直後以来7年ぶりのことです。

当初、12月1日(木)から2017年2月28日(火)までの3カ月間の予定で行われます。期間中は、すべての在外公館において正規観光ビザ(シングルエントリー)を希望する外国人に対し、申請手数料(1,000Bt.を現地の通貨に換算した金額を原則とする)を無料とします。中国・台湾・インドなど20カ国が対象のビザオンアライバル(TR15)については、本来2,000Bt.の手数料を半額の1,000Bt.とします。

(画像:在東京タイ大使館がHPに掲載した告知)

なお、マルチプルエントリービザ(TR-M)、ACMECSシングルビザ(カンボジアとタイの観光ビザを1枚で取得できる特殊ビザ)、各種ノンイミグラントビザおよびフルイミグラントIビザの新規取得、およびビザ有効期限の延長は、期間中でも有料となります。

一方で、12月31日(土)から周辺諸国からの陸路によるビザなし入国に制限が設けられます。ビザなし滞在の延長でも60日滞在できますが、1,900Bt.の延長手数料に加えて入国回数の制限が適用されるので、周辺諸国を旅行した後にタイへ戻って滞在を予定されている方は、必ず正規観光ビザを取得して戻られることをお勧めします。

2011年7月4日月曜日

タイ初の女性首相誕生へ!

 昨日7月3日に投票が行われたタイ下院議会(定数500人)総選挙で、タクシン・チナワット元首相支持派「プアタイ党」(別名:タイ貢献党)が単独過半数にあたる265議席を獲得しました。アピシット・ウェチャチワ首相は自ら率いる民主党の敗北を認め、退陣表明しました。


 当初は、プアタイ党が比較第一党の地位を取るものの過半数に達せず、プアタイ党抜きでの連立構造が維持されてアピシット首相は続投するという見方が有力でした。しかし、公示直前にタクシン元首相の妹にあたるインラック・チナワット女史が首相候補として担ぎ出され、情勢は一変しました。昭和の終わりごろの日本国会に吹き荒れた「マドンナ旋風」も真っ青の展開になり、プアタイ党は支持を拡大。タクシン首相現役時代の政権与党「タイラックタイ」(別名:タイ愛国党)以来となる単独過半数獲得を一気に視野に入れました。

(画像1:プアタイ党の宣伝看板。インラック次期首相が前面に押し出されている)

 一方、民主党は

「プアタイ党とUDD(赤シャツ)軍は一心同体。街を破壊する勢力にこの国は任せられない」

と、昨年のラチャプラソン最終決戦を引き合いに出して暴力的体質を非難しましたが、圧倒的地盤の南部以外ではプアタイ党に押される一方でした。民主党が比較的強いバンコク首都圏でも、北部や最東部の10議席がプアタイ党の手に渡り、民主党は33議席中23議席の獲得にとどまりました。

(画像2:バンコク首都圏4区は民主党勝利。地元のアピシット首相、何とか面目保った)

 また、スワンナプームショックのときに民主党を支持していたPAD(黄シャツ)軍はアピシット首相の政権運営に三行半を突きつけ、「VOTE NO」(選挙を中止しろ)と訴えていました。この結果、無効票や白票は全体の7%に達しました。

 タクシン首相時代の5年間は、旅行者、在住者関係なく外国人への風当たりが非常に強くなっていました。正規ビザに関する手数料や、オーバーステイの際の罰金が引き上げられたり。それまで原則60日だった正規ビザでの在留許可期間が発展途上国に対して30日に短縮とか、ビザなしでは連続する6ヶ月間に90日を越えて在留できないという規制ができたのも、タクシン首相がクーデターで政権を追われる直前のことでした。インラック新首相の下では、タクシン元首相の影響力が強まると予想され、外国人にとって「住みにくいタイ」が再び現実のものとなる可能性も出てきました。

2011年4月10日日曜日

衝撃!村本博之氏の遺体映像流出

 カオサン市街戦から1周年となった今日4月10日、UDD軍は大規模な追悼集会を実施しました。ラチャダムヌン通りをパンファ橋からコクウア交差点(カオサンの入口)まで封鎖して行われた集会には、ソンクラーン休みを兼ねてバンコクに上ってきた地方からの軍勢も含め、3万人が参加しました。

 集会の影で、戦闘を取材中に銃撃を受けて殉死した故・村本博之氏(享年43、当時は日本トムソンロイターマーケッツに所属)を個別に追悼しようという向きもあり、村本さんが被弾したとされる民主記念塔北側のディンソ通りでは花が手向けられ、村本さんの業績を書いたタイ語の文書が木にくくりつけられていました。

(画像1:故・村本博之氏に対する追悼の言葉と献花)


 会場では、昨年の市街戦の模様を収めたビデオCDやDVDが販売されました。そのうちの1種類に検死を受ける村本さんの遺体の映像が見つかり、関係者はショックを受けています。映像は被弾して心肺停止状態となった村本さんが現場から約1.5km離れた中央市民病院(ポンプラップ区)に運び込まれた後に撮影されたもので、病院が作成した患者カードに書かれた「Mr. MURAMOTO HIROYUKI」の文字もはっきり映っています。董事長ふくちゃんの調べによると1枚100Bt.で売られているとのことで、今後の集会でも入手できる可能性があります。

(画像2:問題のビデオCDのジャケット)

2011年2月12日土曜日

BigCラチャダムリ店再開!! 9ヶ月ぶり

 昨年5月のUDD(赤シャツ)軍と陸軍による「ラチャプラソン最終決戦」で被災し、再開できないまま年を越していたBigCラチャダムリ店(パトゥムワン区)の復旧工事がようやく終了、春節(旧正月)初日に合わせて2月2日(水)から営業を再開しました。

(画像1:再開したBigCラチャダムリ店の表玄関にて。黄緑色の看板が9ヶ月ぶりに明るく灯った)

 休業期間中は、BigCの旧館だったこともあるすぐ近くの「オーディオセンター」1階で必要最低限の食品と日用品だけを販売していましたがそれも解消。戦乱前と同じ、ハイパーマート(大型ショッピングセンター)として完全復活を成し遂げました。

 年中無休で朝9時から夜11時まで営業。在留日本人にも知名度の高いBigCラチャダムリ店の再開で、UDD軍の負の遺産処理は一つのヤマを越えることになります。

97/11 Rajdamri Road
Lumpini Pathum Wan
BANGKOK 10330

TEL +66-2250-4888

2010年11月20日土曜日

【速報】UDD軍再びラチャプラソンに集結

 UDD(赤シャツ)軍が最終決戦の締めとして、セントラルワールドに火を放ってちょうど半年が経ちました(前記事「集会解散宣言もUDD軍暴徒化」参照)。タイでは日本の四十九日法要に類するものとして6ヶ月目が尊重されますが、その節目に当たる昨日19日、ラチャプラソンにあの軍勢が帰ってきました。

(画像1:エラワンの祠で殉死者の冥福を祈るUDD支持者)


 午後1時過ぎから集まりだした赤シャツ軍は、当初セントラルワールド前のラチャダムリ通りのうち1車線に座り込んでいましたが、午後5時前には通りを占拠。4月3日のパンファ橋からラチャプラソンへの一斉移動を思わせる光景が見られました(前記事「UDD軍再び中心部へ進撃」参照)

 6時前にUDD軍の事実上の指揮官といえるチャトゥポン・プロムパン下院議員が参加者の大歓声に包まれながら登場(前記事「UDD軍、敗走」参照)しエラワンの祠内で記者会見。その後、会場を回って支持者の熱い声を受け止めていました。
 さらに、6時半には最終決戦で多くの戦闘員とともに殉死した故カティヤ・サワディポン退役陸軍少将(前記事「ミスターセーデーン殉死」参照)の一人娘、ディア・サワディポンさんも会場に現れ、支持者のサイン攻めに遭っていました。

(画像2:カティヤ少将の愛娘、ディアさん。後には亡き父の遺影が)

 7時前にチャトゥポン氏がラチャプラソン交差点の真中で演説を行い、集会は解散となりました。一部では非常事態宣言を理由に軍や警察が強制排除、参加者への発砲に踏み切っても何らおかしくはないとの指摘もなされていましたが、最悪の事態はひとまず回避された形となりました。

(画像3:19日午後7時前のラチャプラソン交差点。見事なまでの赤一色となった)

 この間、BTSはスクンビット線、シーロム線とも平常通り運行したもののバスの運行には支障が出ました。迂回や運転打ち切りが続出し、逆にBTSは会場に近いチットロム駅とラチャダムリ駅を中心に、ラッシュ時間並みの混雑が遅くまで続きました。

(画像4:運転打ち切りとなり逆走でUターンする赤バス)

2010年10月11日月曜日

UDD軍復活!? カオサン市街戦半年の記念集会

 タクシン・チナワット元首相支持派「反独裁民主同盟」(UDD)は10日、4月のカオサン市街戦から半年が経過したことを記念する集会を行いました。UDD軍と陸軍の戦闘が行われた民主記念塔(プラナコン区)には約5,000人の支持者がバンコク首都圏内はもとより、近県からも集まりました。

(画像1:夕暮れの民主記念塔が赤シャツで埋め尽くされた)


 タイでは6ヶ月目の月命日が、死者を弔うひとつの節目になっています。日本の四十九日法要と似た習慣です。カオサン市街戦は4月10日でしたので、あれからちょうど半年。バンコク首都圏内と隣接4県では非常事態宣言が未だ解除されていないものの、追悼集会は避けられないものでした。

(画像2:犠牲になったUDD軍戦闘員の遺影を掲げる女性)

 UDD軍勢は朝から、民主記念塔を挟んだパンファ橋とコクウア交差点の間のラチャダムヌン通りに集合。首都圏警察では特殊部隊3,000人を配備し、爆弾テロや戦闘員の暴徒化といった万が一の事態に備えましたが、大きな混乱はありませんでした。運河ボートは不測の事態を想定してパンファ橋とプラトゥナムの間を欠航、バスも迂回運転を行いました。

 夜8時過ぎまでに集会は解散し、バスは正常運転に戻りました。

2010年9月29日水曜日

セントラルワールド、専門店街も営業再開

 5月の最終決戦で甚大な被害を受けたセントラルワールドは、早期の復旧に向けて準備を進めてきました。被害を受けなかったセンタラグランドホテルとジ・オフィシーズ@centralWorld(オフィス棟)は営業を続け、6月末にまず本館北側の伊勢丹が営業を再開。そして、昨日28日からは本館中央部分の専門店街部分も営業を再開しました。

(画像1:専門店街も今日から再開。セントラルワールドにお客様が帰ってきた)


 セントラルグループにとっては、家電品販売部門「PowerBuy(パワーバイ)」と、書籍・文具部門「B2S」の旗艦店が入っているだけに、一刻でも早く再開したい気持ちはやまやまでした。最上階の7階は、ZEN@centralWorldから流れ込んだ炎の影響で未だに再開に至っていませんが、それでも1階から6階までの大半の部分が復旧。セントラルプラザ・ラップラオに一時避難していた店舗の復帰に加え、一部新店舗も導入して再開に漕ぎつけました。

(画像2:待ってましたとばかりのまとめ買い)

 7階部分については12月、ZEN@centralWorldは来年夏以降の復旧を予定。ただし、7階にあった日本レストランのうち、「カレー屋の辛右衛門」(前記事「辛右衛門2店舗目はセントラルワールド」参照)と「寅次郎」は、営業を再開せずに撤退する方針を決めています。

2010年8月25日水曜日

岡田外相がカオサンを訪問

外務大臣・岡田克也(民主党、衆院三重3区)が23日朝、カオサンに現れました。インドとタイを訪問した岡田外相は、スワンナプーム空港に到着後、アピシット首相、カシット外相と会談するため首相府へ向かう途中、カオサンに立ち寄ったもの。4月のUDD軍カオサン決戦(前記事「カオサン入口で戦闘」参照)で故・村本博之氏 (享年43歳、日本トムソンロイター・マーケッツ所属)が殉死した現場を視察するためです。

(画像1:宝くじ庁別館の建物についた銃弾の痕。4月11日撮影)
カオサン決戦から4ヶ月が過ぎましたが、アピシット首相が約束していた村本氏殉死事件の真相解明はまだ果たされていません。5月の最終決戦でラチャプラソ ン交差点の演壇に登り、逮捕されていた白人2人も先日釈放されており、日本外務省は、村本氏殉死事件を改めて引き合いに出さないとこのまま風化する恐れもあると判断。岡田外相が原子力協定交渉開始のためインドを訪問するのに合わせ、復路にタイを経由して日タイ関係を話し合う中で、議題に挙げることになりました。

岡田外相は、午前9時過ぎに民主記念塔北側、ディンソ通りに面した学校前に車をつけさせると、随行した在バンコク日本大使館邦人保護部スタッフの説明に続き、持参した花束を現場に捧げ、黙祷しました。カオサン周辺に宿泊している旅行者は多くがまだ動き出す前の時間で、事前にニュースなどで知らされていなかったこともあって、見物する日本人旅行者はほとんどいませんでした。

(画像2:献花し黙祷する岡田外相。外務省ホームページから拝借しました)

その後首相府でアピシット首相との会談に臨んだ岡田外相は、議題の中で村本氏殉死事件を取り上げました。アピシット首相は「困難な状況もあるものの、まずは事実関係の調査をしっかりやっていく」と応え、首都圏警察と所轄のチャナソンクラーム警察署(プラナコン区)に引き続き徹底的な捜査を行うよう指示しました。

2010年5月28日金曜日

バンコクの日系企業、落ち着きを取り戻す

 日本外務省は、バンコク首都圏に出していた「渡航の延期をお勧めします」の安全情報を解除して、1段階下の渡航の是非を検討してくださいに戻しました。これを受け、企業関係ではバンコク首都圏中心部にあるオフィスでの業務が徐々に再開され、日本からの業務渡航も元に戻り始めています。

(画像1:ラチャプラソンとシーロムを結ぶラチャダムリ通りも交通再開。いつもの赤バスが走ってきた)


ジェトロバンコクセンターは24日、バンコク日本人商工会議所も25日からそれぞれ元の場所で業務を本格的に再開しました。BTSラチャダムリ駅前の日本航空インターナショナル(JL=JAL)市内カウンター、シーロムのANA(NH)バンコク支店も通常通りの営業時間に回復です。

Traveler's Supportasia常連投稿者のたけぞうさんが勤める日産自動車(横浜市西区、東証1部上場)では、18日から約1週間、出張禁止の指示が出ていました(前記事「渡航延期の対象地域は」参照)。今週になって夜間外出禁止命令こそあるものの、事態は元に戻ったとして本社からの出張者の派遣を再開しました。
日本から製造ラインを移転した小型乗用車「マーチ」は、3月に発売されたタイでは初代ですが、日本向けは4代目へのフルモデルチェンジに向けて仕上げの段階に入っており、日本人出張者は重要な存在だとのことです。

(画像2:バンナートラート通りの日産の工場。マーチはここで造られる)

2010年5月25日火曜日

深夜外出禁止を継続へ

 非常事態対策本部では、経済活動は再開できたもののまだまだUDD軍戦闘員の活動が続く可能性があるとして、今週いっぱい夜間外出禁止命令を実施する方針を固めました。

 昨日24日は24時から午前4時まで。BTS、MRTブルーラインは21時で営業を打ち切りました。これが今日25日以降も継続され、29日(土)の午前4時まで続けられるといいます。地元メディアの報道によりますと、夜間外出禁止命令に違反して罰金刑を食らったタイ人がこれまでに500人以上に上るとのことです。

2010年5月23日日曜日

バンコク大掃除の日!! いざ再建へ

 UDD軍が一応の行動を終えたラチャプラソン周辺は、荒れるに任せるに近い状況でした。首都圏政庁では、昨日24日からの経済活動全面再開に向けて、おととい23日を「大掃除の日」とし、一時はUDD軍に徹底抗戦した「無色軍」のメンバーら市民ボランティア数千人が参加しました。

(画像1:交通再開を目指して路面の清掃が進む)



 焼失したZEN@Centralworldでは、崩落した部分がぱっくりと穴を開けていました。市民ボランティアも足を止め、デジカムや携帯電話に収める姿が見られました。

(画像2:ZEN@centralWorldの崩落部分を写真に収めようとする市民)

 一般市民に混じって、首都圏政庁の清掃職員もここぞとばかりに頑張っていました。
 被災地近くに本社を構える携帯電話大手のdtac(正式社名:トータルアクセスコミュニケーションズ パトゥムワン区、SET・SGX上場)は、掃除中のホコリから喉を守るマスクを配布。音声通話がまだまだ主流のタイでは、喉を痛めて声が出ないのは電話会社にとって致命的だそうです。

(画像3:政庁の清掃職員も頑張る)

BTS、MRT再開、元通りのバンコクへ

非常事態対策本部では、23日朝5時で一通りの夜間外出禁止を解除しました。ラチャプラソン交差点では1ヶ月以上に渡って交通を遮断してきた特設ステージが取り払われ、明日24日からの交通再開に向けて準備が進められています。

BTS、MRTは今日朝8時から運転を再開しました。ただし、本日はBTSが22時、MRTは20時で営業を終了。また、BTSシーロム線ラチャダムリ駅(パトゥムワン区)のみ、修繕が必要なため当分の間営業を休止、通過扱いとします。

(画像:運転を再開したBTSに乗り降りする市民。チットロム駅にて撮影)

首都圏内のバスも各路線で順次、通常のルートに復帰して運転を再開しています。明日24日の始発からは、すべての路線が通常通りに戻る予定です。

2010年5月20日木曜日

【速報】戦勝記念塔のセンターワンも全焼

UDD軍は、ラチャプラソンだけでなく戦勝記念塔急行ターミナル(ラチャテーウィ区)東側にも放火を行っていました。地区唯一の大型ショッピングセンター「センターワン」と、隣の書店やセブンイレブンが入っていた雑居ビルが放火を受け、どちらも全焼してしまいました。

(画像1:20日午後になっても煙を上げ続けるセンターワン)


(画像2:センターワン隣のセブンイレブンがあった場所。看板も焼け落ち昨日まで店があったとはとても思えない)

【速報】ZEN@centralWorld、全焼

最終決戦7日目の19日、ラチャプラソンからサイアムスクエアにかけての建物の多くが暴徒と化したUDD軍戦闘員による攻撃対象になってしまいました。

セントラルワールド南側の高級デパート「ZEN@centralWorld」は、ザビエル古太郎さんの報告の通り全焼状態となっていて、無残な姿を晒しています(前記事「バンコク伊勢丹無事!!しかし ZENは全焼」参照)

(画像1:倒壊はしなかったものの無残な姿を晒すZEN@centralWorld)


ZEN@centralWorldは2008年に上層階『ZEN world』を増築したばかりで、わずか2年での被災だけに尚更心が痛みます。日系企業関連では、セントラルワールド専門店街部分3階にあったモスバーガーがZENに近い場所にあったことから、残念なことに巻き込まれて焼失してしまいました。復旧には相当の時間がかかることになりそうです。

(画像2:ガラス張りの外壁も軒並み焼け落ちている)

 

【速報】UDD非戦闘員の撤収、本格化

 UDD軍と陸軍の『最終決戦』が事実上終結したのを受け、セントラルワールド隣の寺院、ワットパトゥムワンに避難していたUDD軍集会参加者が、20日午後、政府から差し向けられたバスで会場を離れ始めました。

(画像1:ワットパトゥムワンへ避難者を迎えに行くバスの列)


 非常事態対策本部(CRSE)の指示を受けた首都圏バス公団(BMTA)では、各管区営業所にバスを派遣するよう指示し、20日午後1時過ぎ、サイアムパラゴン近くの国家警察本部庁舎裏口に集合。ワットパトゥムワンから警察本部へ移動していた非戦闘員数百人を乗せて、次々と発車していきました。

(画像2:避難者を乗せバスが発車していく)

 その一方で、車を用意していた参加者も順次、撤収する準備をしています。ワットパトゥムワン前のテントにいたチョンブリ県からの参加者も、1トントラックに荷物をまとめていて、董事長ふくちゃんの取材に対して「夕方までに地元へ帰る」と答えました。

(画像3:自主的に荷物をまとめるUDD軍メンバー)

【速報】外出禁止命令、期間延長へ

 非常事態対策本部(CRES)は、昨夜適用した夜間外出禁止命令を、今夜から3日間引き続き適用します。

20日(木)21:00~21日(金)5:00
21日(金)21:00~22日(土)5:00
22日(土)21:00~23日(日)5:00

 日曜日朝までに作戦を完了、整備を終えたい意向ですが、ラチャプラロップ通りを中心にまだ散発的ながらUDD軍戦闘員の活動が見られており、危険な状況に変わりはありません。

【速報】バンコク伊勢丹無事!!しかしZENは全焼

(文・画像:ザビエル古太郎さん/ラチャテーウィ区)
外出禁止令が解除された今朝、セントラルワールドに行ってみました。集会は昨日午後の宣言の通り解散しており、UDD軍戦闘員の姿は見られなくなっていました。

(画像1:表向きにも全く無事な伊勢丹。ガネーシャのご守護か!?)


セントラルワールドのうち、南側の「ZEN@centralWorld」は報道にもあったように全焼。中央部分の専門店街も、まだ一部が燃えています。しかし、北側のバンコク伊勢丹は全くの無事!! 火の手が回った形跡もありません。早期の再開に希望が見えてきました。構内にも入ってみましたが1階のジムトンプソンタイシルク商会部分も含めて無傷でした。

(画像2:内部にも火の手が回った形跡はない)

2010年5月19日水曜日

【速報】集会解散宣言もUDD軍暴徒化

UDD軍は午後2時前になって、ラチャプラソン交差点に残っていた最高幹部が国家警察に投降して集会を解散すると発表しました。しかし、狂信的なまでに過激化した戦闘員を止めることは現時点でできていません。政府では非常事態宣言を出しているバンコク首都圏など24県の全域に夜間外出禁止命令を出し、手のつけようのない状況になってきました。

(画像1:シーロム通りに配備された装甲車。合計6台が確認できた)


外出禁止命令が出る直前、首都圏バス公団(BMTA)は直営の赤バスと急行バス全路線の運転を中止しました。民間委託バスは運行を続けているものの、帰宅の足を失った市民が数少ないバスに殺到して混雑となっています。

(画像2:19日夕方、王宮前広場で運行を続けていたバスに乗り込む市民)

一方で午後4時過ぎ、残っていたUDD軍戦闘員がセントラルワールドに放火。さらにタイ証券取引所とバンコク銀行のクロントイとマリノンタワーの両支店(どちらもクロントイ区)が焼き打ちされたといいます。セントラルワールドは南側の高級デパート「ZEN@centralworld」部分で火の手が上がり、4階まで延焼して建物が倒壊する可能性が出てきました。

(この項、デューク山内さん/ディンデン区 からの投稿です)
焼き打ちにあった場所をすべて見てきました。バンコク銀行マリノンタワー支店は陸軍が取り戻しましたが、バンコク銀行クロントイ支店は既に全焼。午後6時の時点ではタイ証券取引所が消防の手のつけられない状況になっていて、このまま全焼しそうです。

【速報】バリケードの撤去始まる

 陸軍がルンピニ公園前を制圧したのを受け、首都圏政庁ではサラデーン交差点に築かれていた古タイヤのバリケードを撤去する作業に着手しました。シーロムは着々と元の雰囲気を取り戻しつつあります。

(画像1:UDD軍が撤退したサラデーン交差点を望む)


 政庁が手配した清掃業者ら数百人が公園に設けられたテントを片付ける一方で、ブルドーザーが古タイヤや竹槍を次々となぎ倒していきました。作業は夜までに完了するとみられます。

(画像2:大型ブルドーザーによって古タイヤがトラックに積まれていく)

【速報】バンコク首都圏内の銀行全支店閉店

 タイの大手商業銀行4行は、UDD軍戦闘員による略奪の恐れがあるとしてバンコク首都圏内のすべての支店、両替所を閉店しました。対象はバンコク銀行(BBL)、カシコン銀行(KBANK)、タイパニ(サイアムコマーシャル)銀行(SCB)、クルンタイ銀行(KTB)。キャッシュディスペンサーによる預金の引き出しとテレホンバンキングは使用できます。どうしても本日中の取引が必要な方のために、各行のテレホンバンキングの番号を書いておきます。

カシコン銀行 02-888-8888
タイパニ銀行 02-777-7777
バンコク銀行 1331(局番なし)
クルンタイ銀行 1551(局番なし)

(画像:クルンタイ銀行宝くじ庁内支店にて。19日は午後1時で閉店すると書いてある)

 この後12時30分には、証券取引所(SET、クロントイ区)も今日の取引を打ち切る予定です。さらに国立中央銀行は、これら4行以外にの各行にも午後1時で閉店するよう指示しました。残る各行のコールセンターの番号も追加します。

アユタヤ銀行 1672(局番なし)
TMB銀行 1558(局番なし)
UOB銀行 02-285-1555
CIMBタイ 02-626-7777
タナチャート銀行 1770(局番なし)
KK(キアナキン)銀行 02-680-3333
ティスコ銀行 02-633-6000
LH(ランド&ハウス)銀行 02-359-0000
オムシン銀行(貯蓄金融公庫) 1115(局番なし)
BAAC銀行(農協金融公庫) 02-555-0555
GH銀行(住宅金融公庫) 02-645-9000