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2017年1月3日火曜日

空席待ちで多客時のコラート~モーチットを楽々移動!

イサーン最大の都市、ナコンラチャシマ市。第2バスターミナル(コラートマイ)からは、[21]モーチット2行き特急バスが24時間運行しています。が、コラート発深夜のバンコク方面行きは本数が少なくなり、2等の運行はなくなります。VIPバスの空席を待って乗る方法もありますが、コンソン(特急バス公社)の長距離便を空席待ちすれば、日本の帰省ラッシュ並みに切符が取りにくくなる最繁忙期でも楽々移動できるようになります。

コンソンでは、モーチット2とイサーン中部・北部の主要都市を結ぶ長距離特急バスを運行しており、コンケン県以北へ向かう便は全便コラートマイを通ります。上り便の場合、コラートマイで[265]カビンブリ経由チョンブリ線や[340]サケオ経由チャンタブリ線に乗り換える人も多く、コラートマイで若干の空席が出る場合があります。そこを狙って、コラート発でバンコク方面への客が乗り込めれば深夜に民間バス会社の切符売り場で何時間も並んだ末に朝の2等に回るということはなくなります。

コラートマイには4つのホームがあり、バンコク行きが発着するのは第1ホーム。コンソンの長距離便が中継地として使うのは、第2ホームです。第2ホームのコンソン事務所でスタッフに「バンコク行き」という意味の「クルンテープ」と告げて切符を売ってもらいます。2等は148Bt.、1等なら191Bt.です。切符が出たら、スタッフの指示に従って空席のあるバスへ案内してもらい乗車します。深夜から早朝にかけてならモーチット2行きの夜行便が数多く通過するので、選択肢には困りません。第1ホームで民間VIPバス大手のチャンツアー(コンケン市)に空席待ちを断られても最後の手段に使えます。

董事長ふくちゃんは、1月2日夜にコラート県内で『アジアン王国』(ミリオン出版)連載コーナーの取材が長引いてコラートマイ到着が深夜になり、コンソン便の空席待ちで翌3日の午前4時にモーチット2行きのバスに乗ることができました。

2016年12月28日水曜日

戦勝記念塔からロットゥーが消えた!!

運輸省陸上交通局とコンソン(特急バス公社、どちらもチャトチャック区)は、戦勝記念塔ロータリー(ラチャテーウィ区)を発着していたロットゥー(特急ミニバン)に対し、バンコク首都圏内3ヶ所の長距離バスターミナルへ移転するように命じました。10月25日(火)から、首都圏バス公団(BMTA)管理下の首都圏内完結路線を除いてロットゥーは戦勝記念塔を発着することができなくなっています。

バンコク首都圏と地方を結ぶ特急バスは、方面別に3ヶ所設けられたバスターミナルから発着するのが基本です。しかし、1台15人乗りのトヨタハイエースを主に使うロットゥーは大型バスと比べて機動的に動けるため、市内中心部まで運行されていました。最大のターミナルが戦勝記念塔ロータリーで、BTSや公団バスへの接続が非常に便利なうえ大規模商業施設へのアクセスにも優れているとして発着する事業者が増える一方で、日本のバスタ新宿(東京都新宿区)も真っ青の1日に1,000便以上の発着で、ロータリーにつながるパヤタイ通りとパホンヨーティン通りは激しい渋滞を引き起こしていました。

今回、運輸省ではそれら事業者の管理徹底と戦勝記念塔ロータリーの渋滞緩和、ラマ9世プミポン前国王の崩御に伴う王宮前広場行きシャトルバスの安全確保を目的に、ロットゥー事業者に対して3ヶ所のバスターミナルへ移動するよう求め、従わない事業者は路線免許を取り消すとの強硬な姿勢で移転を迫りました。

中部各県と、北部南方、イサーン南部の各県へはモーチット2出発線ホームの一番端っこに設けられたロットゥー専用の乗り場から発着。チャチュンサオ・チョンブリ・ラヨーン・チャンタブリ・トラート・プラチンブリ・サケオの各県へは東バスターミナル(クロントイ区)、南部北方とサムットサコン・サムットソンクラーム・ナコンパトム・カンチャナブリ・ラチャブリ・ペッブリの各県へは新南バスターミナル(タリンチャン区)を発着するのが基本です。ただし、東部・南部路線の一部はモーチット2からも発着します。

なお、北部及び中部各県行きの路線のうちフューチャーパークランシット(パトゥムタニ県タンヤブリ郡)発着の便と、東部方面行きのバンナー交差点(バンナー区)発着便はこれまで通り、それぞれの場所発着で運行されます。

運輸省では、激変緩和措置として戦勝記念塔とこれら3ヶ所のバスターミナルを結ぶ無料シャトルバスの設定をBMTAに要請。当初6ヶ月間の予定で、シャトルバスが運行されます。

このうち、戦勝記念塔とモーチット2を結ぶ路線は朝5時30分から夜8時30分まで、20分ないし30分間隔で運転。高速道路を経由し約15分で結びます。

2015年9月21日月曜日

ビザランナーはラオスを目指す!?

移民庁3管区総合事務所(ラクシー区)は、8月17日にバンコク・ラチャプラソンで起こった爆弾テロ事件を受けて、陸路国境検問所の取り締まりを強化しています。

建前上は、外国人がタイに陸路で出入国するにはビザが必要です。今回は、犯人グループのうちの中国人メンバーがロンクルア国境検問所(サケオ県アランヤプラテート郡)から入国する際、審査官に賄賂を渡すという不正な方法でビザなし入国していたことが判明したとして、陸路国境を通過するすべての外国人を徹底的に審査することにしたものです。

バンコクから最も近いミャンマー国境の一つ、サイヨーク国境検問所(カンチャナブリ県サイヨーク郡)では、9月12日(土)からビザなしおよび正規観光ビザを所持する外国人の出入国手続きを一時停止しているとの報告がありました。現在はタイ・ミャンマー両国の国民か、外国人はタイのノンイミグラントビザとリエントリーパーミットを持っている人のみ、国境通過ができる状況です。

カンボジア国境のバンレム検問所(チャンタブリ県ポーンナムロン郡)とバンパッカード検問所(チャンタブリ県ソイダオ郡)でもビザなしでの出入国が厳しくなっており、両検問所への日帰りツアーを行っているツアー会社は14日(月)からビザなしでの再入国を希望する人について、新規の申し込みを停止しました。さらに18日(金)からは正規観光ビザでの出入国もできなくなっているといい、ビザランを希望する外国人は、管区の異なるタイ北東部のラオス国境に向かわざるを得なくなっています。

4管区総合事務所(ナコンラチャシマ市)は9月20日現在、管下の国境検問所に対して通常通りの業務を行うよう指示しており、在ビエンチャンタイ大使館領事部やサワンナケット総領事部も平常通り業務しています。

ノンカイ国境に最も近いウドンタニ空港へは、ドンムアン空港からノックエア(DD=NOK チャトチャック区、SET上場)が毎日8往復、タイライオンエア(SL=TLM、ドンムアン区)は毎日5往復、タイエアアジア(FD=AIQ)も毎日2往復を運航しており、どの会社でも前日までに予約すれば2,000Bt.前後で往復できます。

ウドンタニ空港と泰寮第1友好橋検問所(ノンカイ市)の間には直行のロットゥー(片道200Bt.)があることから、バンコク首都圏内発でバンレム検問所を往復する日帰りのビザランツアーとそんなに変わらない料金で移動ができ、特にノックエアとタイライオンエアのドンムアン発早朝便はビエンチャンでの正規ビザ取得にも便利なスケジュールが組まれています。

DD9200 DMK0550~UTH0655 DAILY
(機材はB738 エコノミークラスのみ189席)

SL8600 DMK0555~UTH0655 DAILY
(機材はB739ER エコノミークラスのみ215席

2015年6月8日月曜日

「ビザなし1年90日ルール」抜き打ち決行か!?

プラユット軍政当局に代わった後の昨年8月に導入された厳格な出入国規制で、割を食うのはビザなしでの在留が長いASEAN域外からの外こもりすとです。実際に、空港でビザなしでの在留日数をチェックされ、入国拒否や次回からのビザ取得を求められる外国人が相次いでいます。

董事長ふくちゃんは、5月末にドンムアン空港から入国したある日本人の方に話を聞くことができました。この方は昨年、日本の会社に籍を置いてタイ以外の国での活動を長くするようにはしたものの、拠点は今まで通りタイに置いているのである程度のビザなし在留が必要だといいます。ところが、今回タイに戻る際の入国審査で担当官に

「ビザなしでの在留は1年間に90日以内だ。貴殿はこの日数を超えているので次回からはビザが要る」

と言い渡されたとのことです。

これが本当だとすれば、10年前の2006年に行われた「6か月90日ルール」前記事「タイのビザ制度に大きな変更」参照)よりもさらに厳しい規制が実行に移されたということになります。

在タイの日本人フリーライター、高田胤臣さんは昨年9月、日刊SPA!(扶桑社) に寄稿した記事の中で

「年間を通して4回まではビザなしでの出入国が認められる」

という移民庁パークナム現地事務所(サムットプラカン市)担当官の声を伝えています。これだけでも大変厳しいのですが、高田さんが取材した事務所はバンコク近郊県などタイ中部を管轄する3管区(総合事務所はガバメントコンプレックスB棟3階=ラクシー区)に属しており、飛行機での出入国を取り仕切る2管区(ドンムアン区)や、マレーシアとの国境を所管する6管区(ソンクラー市)などとは別の基準があるといいます。空港での出入国がほとんどを占める日本人は、空港から出入国するのであれば、あくまでも2管区総合事務所の裁量基準に従わなければなりません。

高田さんによりますと、年間を通して4回の出入国というのは、片道ごとに1回として計算されるとのこと。つまり、ビザなしで1回入国した人が、空港や陸路国境検問所からそのまま出国すると、2回出入国したことになり、あともう1往復しかできないという計算になってしまいます。

ところが、バンコクで発行されている日本語フリーペーパー『タイ自由ランド』に広告を掲載しているビザ取りツアー業者は、

「空港からのビザなし入国であれば当社の国境日帰りビザランツアーを2回まで利用可能になった」

と記述しています。この通りに利用すれば、

 空港からビザなしで入国(1回)
→ビザランツアーに参加し出入り(往復2回)
→2度目のビザランツアーに参加(往復2回)
→正規ビザ取得のため出国(1回)

の合計6片道まで出入国できることになり、高田さんが取材した担当官の言う年間4回を上回ります。

この業者はバンレム検問所(チャンタブリ県ポーンナムロン郡)を経由して客の出入国をさせていますが、検問所のあるチャンタブリ県はパークナム事務所と同じ3管区に属しています。ツアー業者が現地事務所から便宜の供与を受けた可能性があり、個人で行っても同様の基準で出入国できるかは不透明です。

また、4管区総合事務所(ナコンラチャシマ市)は、メコン川に沿って長い国境線を有するラオスからの不法入国者に対応するため、パスポートを所持するラオス国籍者の入国には特に神経を使っているといい、一部では18歳未満のラオス人が1人でタイに入国しようとした場合、拒否されるという報道もあります。

6管区総合事務所の基準では、陸路入国が多いマレーシアとシンガポールの国籍者のみ、1回につき2泊3日までの在留であれば何回でも出入国ができる模様。ラオスやミャンマーと違い、国境周辺の県のみ移動が可能なボーダーパスではなくパスポートを取る人がほとんどを占めるのが理由です。特にシンガポールは、日常的にマレーシアとの国境通過が行われるので、パスポートがないと話になりません。

担当官と管区によりころころ基準が変わるのでは、自衛するべき我々在タイ外国人も大変です。この男性は、近日中に在ビエンチャンタイ大使館領事部へ初めての正規観光ビザ取得に向かうとのことでした。

2014年12月13日土曜日

イサーン北部の「漢の性地」終焉か?

国家警察本部と移民庁は、ベトナム戦争期以来50年近くに渡って維持されてきたウドンタニ市内の置屋に対して執拗な取り締まりを行っています。イサーン北部やラオス・ベトナムを旅してきた男性たちのオアシス、ラオス人女性にとっては貴重な出稼ぎの場が、終焉を迎える可能性が出てきました。

ベトナム戦争期には、現在のウドンタニ国際空港にアメリカ空軍が駐留し、北ベトナムやラオスに対する空襲(空爆)の出撃拠点となっていました。ウドンタニ市内の置屋は、それらアメリカ兵たちの性的な慰安の場として設けられたのが始まりです。サイゴン陥落と共に米軍は撤退していきましたが、共産化、鎖国の道をたどったラオスの女性たちにとって、タイで働くことはリスクを冒しても叶えたい夢となったのです。

ウドンタニ市内では、中心部のワッタナヌウォン通りから入った「サオファイデーン」と呼ばれる一角と、そこから比較的近いアドゥンヤデート通りの2カ所の置屋街が残り、第一友好橋(ノンカイ市)が開通した1990年代中頃以降は、国際特急バスを降りてバンコク行きの特急バスや列車へ乗り換える時に立ち寄る外国人にも利用されてきました。2000年代に入ると、『アジアン王(キング)』(マイウェイ出版、既に廃刊。前記事「アジキン今月で廃刊」参照)や『Gダイアリー』(アールコスメディア)など日本の雑誌でも度々紹介されました。

しかし、置屋で働く姫たちはほとんどがパスポートはおろか、2泊3日の在留が許される「ボーダーパス」などの出入国書類を一切持たずに、国境のメコン川を越えて不法に入国してくる状態でした。このため、平和秩序評議会(NCPO)は不法入国者の受け入れや就労の温床となっていた置屋を徹底的に取り締まらなければいけないと判断、強制捜査に乗り出したのではないかと関係者は分析しています。

また、今年3月以降のビザラン禁止政策では、当初槍玉に挙げられていた韓国国籍者以外に、パスポートを取ってビザなしでの往復を繰り返していたラオス国籍者も取り締まりの対象になっているとの噂があり、今回の摘発と関係があると見る向きもあります。

ウドンタニ市内などイサーン北部やラオスの性風俗関連の記事を扱ってきたタイ風俗情報掲示板(旧名ウドン風俗情報掲示板)によりますと、これまでも頻繁に取り締まりで臨時休業するケースがあると報告されていましたが、董事長ふくちゃんは今週ウドンタニを訪れた旅行者の男性に話を聞くことができました。それによると、12月に入ってからサオファイデーンへの取り締まりが非常に厳しくなっており、営業がほとんどできない状況だと言います。アドゥンヤデート通りでは、ある一つのソイにあった置屋がすべて廃業に追い込まれたとの情報もあります。

もしこのまま全滅となれば、イサーン北部最大の「漢(おとこ)の性地」が潰される格好。男性バックパッカーにとっての一つの時代が終わる日は、もうすぐそこまで来てしまっています。

(この項、メンカームさん/ウドンタニ市 からの投稿です)
実は5.22クーデター以前から、年内中の壊滅を目標に取り締まりが行われていた模様です。サオファイデーンから南に1km程のところにあるムアンウドンタニ警察署前には今年初め頃、「置屋壊滅」のスローガンが書かれた看板が掛けられ、今回ばかりは並々ならぬ強い態度で臨む姿勢を見せていました。

2014年7月19日土曜日

規制前最後の正規ビザに賭ける!

前記事「ビザラン全面規制まであと1カ月」でも取り上げた通り、8月13日(水)からタイの出入国管理制度が厳しくなる予定です。規制開始前後の在留許可を巡って、移民庁や外務省と外こもりすとの激しい駆け引きが繰り広げられています。

元々、タイが外こもりすとにとって厳しくなりだしたのは2006年以降。タクシン・チナワット元首相が在任末期になって、税収や観光収入に全く貢献しない長期滞在外国人への締め付けを打ち出したのが始まりです。クーデターで後任となったスラユット・チュラノン元首相はタクシン政権時代の政策を見直したものの、外国人に対する締め付けだけは予定通りに実施しました。それから8年、今回もタクシン元首相の妹に当たるインラック・チナワット前首相が道筋を付け、プラユット・チャンオチャ議長率いる平和秩序評議会(NCPO、クーデター当局)が引き継いだ訳です。

弊誌Traveler's Supportasiaの古くからの読者の方なら一度は名前を聞いたことのある、辞書おじさん(兵庫県出身)は今年、傘寿(80歳)を迎えてますますお元気です。先月も、正規観光ビザの書き換えのために在サワンナケットタイ総領事部(ラオス・サワンナケット市)を訪れました。ビザの発給自体はされたものの、担当官は既に発給されたビザの枚数を何度もチェックし、他のスタッフと協議するなどしてようやく受理したといい、

「ツーリストビザを書き換えて在留することにも風当たりが強くなってきた。以前ならこういうことはなかったのだが」

と感想を述べています。

しかし、先週やはりサワンナケットを訪れた別のある日本人男性は、問題なくダブルエントリービザを発給されてタイに戻ってきたといいます。彼の場合は、サワンナケットでのビザ発給経験はこれが初めてで、在ビエンチャンタイ大使館領事部での発給歴も1回しかなかったため、すんなり発給に漕ぎ着けた模様。泰寮第2友好橋国境検問所(ムクダハン市)でも何も聞かれず通過できたと連絡してきました。

結局のところ、担当官の審査内容や各人の個別の状況によってビザ発給がなされるか否かが変わってくるという、前記事でも指摘した状態が続いています。

在ビエンチャン大使館では、前記事「ビザラン規制でビエンチャン大使館が激混み」を掲載した後も本格規制前最後となる正規観光ビザの取得を目指す外国人が連日殺到しています。1日に1,000人を超える申請があることもしばしば。朝一番で到着しないと書類審査の段階で数時間待たされてしまいます。

一方で、ビザなし渡航の更新や正規観光ビザ取得など、いわゆるビザランツアーを主催していた会社にとっては営業の機会を奪われ、致命的な事態です。中でも90日ごとのノービザ更新で済んでいた韓国人を主な対象にしていた会社は、一時的にせよ陸路での出国が禁止された時点で顧客の大半を失うことになりました。

観測筋によりますと、バンコク首都圏で営業していたビザランツアー会社のほとんどが韓国人オーナーだったとといい、韓国人の陸路でのノービザ更新が困難になったため、カンボジアへの陸路ツアーを手掛けていた会社から真っ先に撤退していきました。就労許可を持っていなかった韓国人スタッフも続々と出国し、中にはラオスやベトナムといった他のASEAN諸国へ移動した韓国人のために現地で新たなビザランツアーを起こすケースもあるとのことです。

(画像:ビザランツアー会社が自社所有していたバス。この会社のオーナーも韓国人で既に撤退した)

この観測筋は続けて、

「韓国以外の国からの外国人を対象にしたビザ取りツアーも体力のないところから淘汰されており、現在営業継続中の会社もいつまで続けられるかは保証できない」

とも語っており、早ければ年内中にもビザランツアーが完全壊滅に追い込まれる可能性を示唆しました。

2014年6月13日金曜日

【速報】夜間外出禁止命令をすべて解除

プラユット・チャンオチャ平和秩序評議会議長(陸軍司令長)は13日午後8時25分から国営ThaiPBSテレビなどで放送された特別番組で、残っていたバンコク首都圏など55県の夜間外出禁止命令をすべて解除すると発表しました。

(画像:特別番組で発表を行うプラユット議長)
13日未明に開幕したサッカーの世界国別選手権、FIFAワールドカップ2014ブラジル大会をテレビ観戦する視聴者を当て込んだ飲食業界などの要望に応えたとみられます。開催国ブラジルとタイの間には10~12時間の時差があり、外出禁止命令の適用時間帯に行われる試合も多いことから解除しなければ多くのレストランやバーが収益機会を失うだけでなく、試合を見られなかった視聴者から平和秩序評議会(クーデター当局)に対する批判が殺到すると判断した模様です。これについてプラユット議長は、

「国民の和解と幸福を取り戻さないといけない」

と理由を述べました。

なお前日の12日には、FIFAワールドカップ2014ブラジル大会のテレビ放送権を掌握していた娯楽大手のRS(チャトチャック区、SET上場)に対し、通信放送政策委員会(NBTC、パヤタイ区)を通じてNCPOが権利料を交付する代わりに全試合地上波テレビで放送するように命令。軍営チャンネル5テレビと傘下の民放局チャンネル7(チャトチャック区)で放送されることになり、視聴者は今日13日午前1時からの開会式と直後に行われたブラジルvsクロアチア戦からテレビ観戦することができました。

また、RSはワールドカップ全試合を見られるという触れ込みで販売した衛星回線用チューナー『SUN BOX』を既に購入済みの視聴者に対して、返金に応じるとも表明しています。

2014年6月11日水曜日

一挙に20県の外出禁止命令解除決まる

平和秩序評議会(NCPO)は10日夜9時10分から軍営チャンネル5テレビ(TTV5)を通じて発表した布告で夜間外出禁止命令の対象地域を大幅に縮小することを決定しました。

今回、外出禁止が解除されるのは北部北方から南部まで、主要な大都市のない県を中心に全部で20県に上ります。

《北部北方》
・メーホンソン県(全郡)
・プレー県(全郡)
・ナーン県(全郡)

《北部南方》
・ウタラディット県(全郡)
・スコタイ県(全郡)
・ターク県(全郡)


《中部》
・トラート県(既に解除済みのコチャン郡を除く全郡)
・チャンタブリ県(全郡)
・ラヨーン県(全郡)
・カンチャナブリ県(全郡)
・ラチャブリ県(全郡)
・ペッブリ県(既に解除済みのチャアム郡を除く全郡)

《イサーン》
・ルーイ県(全郡)
・サコンナコン県(全郡)
・ナコンパノム県(全郡)
・ロイエット県(全郡)
・スリン県(全郡)

《南部南方》
・トラン県(全郡)
・サトーン県(全郡)
・ソンクラー県(県都ソンクラー市とマレーシア国境のあるサダオ郡のみ)

この結果、既に実施されているプーケット・パンガー・クラビも含めて77県中22県が全域外出禁止命令の対象から外れました。

残るは主要な大都市のある県となりますが、チェンマイ県はチナワット家の出身地で未だに支持勢力が強いこと、ウドンタニ県は県内を拠点とするタクシン系(UDD)過激派の武装解除が進んでいないこと、バンコク首都圏とサムットプラカン県は反クーデター集会を抑え込めていないことを理由に、引き続き夜間外出禁止命令が適用されます。

2014年5月13日火曜日

国境での日帰りビザラン全面禁止か!?

移民庁は、今日11日から国境検問所での出入国審査を強化し、外国人が隣接各国への国境から出国した当日中にタイへ再入国することを事実上禁止しました。ASEAN共同体による人とモノの動きの自由化に真っ向から反する政策で、既に多数の欧米人が出入国を拒否され、周辺諸国で立ち往生する事態になっています。

決定によりますと、ビザなしで入国するすべての外国人は、在留期間を延長するためタイを出国して、その日のうちに再入国するいわゆる『ビザラン』ができなくなります。どうしても行う場合は、タイに戻るために正規のビザが必要になります。即ち、他国で発行されて未使用の正規観光ビザ、または2回目の入国をしていないダブルエントリービザを用意するか、リエントリーパーミット取得済みのノンイミグラントビザを持っていない人は、国境で即日折り返すことが原則としてできなくなってしまったという訳です。ただし、実際は各人の出入国記録を基にケースバイケースで判断するとも説明しており、例えば一度タイを出国して周辺諸国を回った後、タイに戻り帰国するという旅程を組んだバックパッカーは、本国に帰国するeチケット領収書を提示することで入国が認められるということもあり得ます。

なぜこのような決定に至ったのか。伏線は、今年2月に起こったマレーシア航空(MH=MAS)370便行方不明事件にありました。

消息を絶ったMH370便には、タイで盗難や偽造されたりしたパスポートを持って搭乗した中東系とみられる複数の男が乗っていました。このため、タイは「犯罪者天国」として悪い意味で改めて見直されてしまい、インラック首相は強い態度で取り締まるという姿勢を見せざるを得なくなりました。まず、3月14日付で韓国などビザなしで90日間の在留が認められている国の国籍者に対して陸路でのビザランが禁じられ(前記事「韓国人の陸路ビザランが不可能になった!?」参照)、今回はそれに次ぐ規制強化だという訳。

メーサイ国境検問所(チェンライ県メーサイ郡)やサパンプラ港(ラノーン市)では、ミャンマーへの1日入国を利用してタイのビザなし渡航を更新するケースが目立ちました。昨年夏にミャンマーの陸路国境が正式に開放された後は、このようなビザランができるのは1冊のパスポートにつき3回までという現地側の判断があるといいますが、メーサイではそれすらもできなくしたとのこと。プーケットから一番近いラノーンでは1回程度なら担当官が目を瞑ってくれることもあるものの、韓国・ラオス・ベトナム・ロシア国籍者は特に厳しい審査が行われ、ビザなしなら通常30日間のところ7日間しか許可されなかったという報告が欧米系の掲示板に書き込まれています。

ロンクルア国境検問所(サケオ県アランヤプラテート郡)では、一部の国からの旅行者に対し所持金またはクレジットカードの確認が行われているといい、ハノイで編集されている日本語ニュースサイト『VIETJO』によりますと、現金20,000Bt.を用意できなかったベトナム人が入国を拒否され、捨て台詞を吐いてカンボジア側に戻ったとのことです。

泰寮第1友好橋(ノンカイ市)でも、ある日本人の方がビエンチャンへ長期ビザの更新に行くため出国しようとしたところ、直前に並んでいたフランス人がビザなしだったらしく、「このまま出国すると次からは空路でしか入国できない」という警告を受けたとFacebookに書き込んでいます。

2013年2月28日木曜日

ラオス入国税の徴収が機械化される

ラオス政府は、タイとの最大の交易拠点である第1友好橋(ビエンチャン首都圏)の出入国管理を一部機械化し、2月25日から運用を始めました。このため出入国に時間がかかっており、時間に余裕を持った行動が必要です。

外国人旅行者が、朝6時~8時と午後4時以降に国境を通過する場合はオーバータイムフィーを納める必要があります。従来は9,000Kipまたは40Bt.を現金で納め、領収書をもらうだけでしたが、10,000Kipまたは40Bt.に変更され、「RFID Oneway Ticket」と呼ばれる白色のICカードをもらって自動改札機に投入する形式に変わりました。同時に領収書ももらえるので、改札通過後にチェック担当官にパスポート共々見せて、出入国手続きが完了します。

ラオス国民の場合は、「RFID Passport」という緑色のICカードを持ち、Suicaと同じように料金のチャージをして、繰り返し使用します。最初に発行手数料が7,500Kipかかります。

この制度がまだ始まったばかりのため、特にラオス国民向けのパスポートカード発行で時間がかかっており、外国人の出入国に長い時間を要する事例も出ています。
ビエンチャンへのビザツアーの帰りにウドンタニ空港から飛行機利用を考えている方の場合、出発時間が迫っていたりするとチェックイン締め切りに間に合わなくなる恐れもあり得ますので注意が必要です。またビエンチャンとタイ側主要都市を結ぶ国際特急バスでは乗客全員の審査終了を待って発車するので、遅れが生じており先へのバスに乗り継げなくなる可能性があります。

2013年2月27日水曜日

ナコンチャイエアのウドンタニ線は出発地が違う

(この項、メンカームさん/ウドンタニ市 からの投稿を元に修正しました)
民間委託バス大手のナコンチャイエア(チャトチャック区)は、昨年から念願のイサーン北部路線に進出、モーチット2~ウドンタニ線を毎日運行しています。ところが、この便はウドンタニ側の発着地が他社とまったく違うので、注意が必要です。

ナコンチャイエアでは、ウドンタニへの進出にあたって自社専用のターミナルを建設しました。このターミナルの場所が、市内中心部とは全然かけ離れています。第1バスターミナルから南に約4km下った、ウドンタニ空軍基地のすぐ目の前です。競合する他社、チャンツアー(コンケン市)や407パッタナ(ウドンタニ市)のバスは、その前を通り過ぎて中心部のセントラルプラザウドンタニに程近い第1バスターミナルに向かっていきます。そして、ナコンチャイエアのバスは、第1バスターミナルに到着はするものの、出発は専用ターミナルから行われます。チケットの発売も、市内中心部では行っていません。

ナコンチャイエアのバスでウドンタニに来て、専用ターミナルで降りてしまった場合、他のバスに乗り換えるには市内線ソンテウかオートサムローで他のバスターミナルに移動しなければなりません。国際特急ビエンチャン行き、[230]サコンナコン行き、[231]サコンナコン経由ナコンパノム行きは第1バスターミナル発着で、ソンテウ[44]が利用可能。[220]ノンブアランプー経由ルーイ行き、[637][638]ルーイ・ピサヌローク経由チェンマイ・チェンライ行き、[224]ノンカイ・ブンカン・バンペン経由ナコンパノム行きは第2バスターミナル発で、ソンテウ[6]で行けます。[221]ノンカイ行きは専用ターミナルから最も遠い市内北部のランシナ市場発で、ソンテウ[6]が使えるものの、オートサムローでは1台100Bt.かかる可能性があります。

ちなみに現在はファーストクラス(公社のスーパーVIPに相当)が1日2往復、ゴールドクラス(公社のVIP32に相当)が1日5往復の合計7往復が運行しています。発車時間は次の通り。

(ゴールドクラス)8:50 16:30 20:50 22:50 23:50
(ファーストクラス)9:50 21:50

特に、ウドン22:50と23:50の2便はチャンツアーが従来設定していなかった時間帯の便で、注目を集めていますが第1バスターミナルに来ないため、利用者が混乱するケースもあるということです。

2013年2月12日火曜日

ウドンタニ~ビエンチャン線待望の増便

コンソン(特急バス公社)は、タイとラオスを結ぶ国際特急バスのうち最も需要が旺盛なウドンタニ~ビエンチャン線を昨年10月1日から増便しました。1日2往復が増便され、8往復の運行に変わっています。

昨年10月1日、コラート~ビエンチャン線がモーチット2(バンコク)まで延長されました(前記事「バンコク~ビエンチャン国際特急運行開始、コラート線は廃止」参照)が、従来のコラート線は2等で運行していたのに対し、モーチット延長後はスーパーVIPへ格上げされることになり、コラート線で使っていた2等車両は余剰になってしまいました。コラート線は運行開始からわずか3年弱しか経っていないため、コンソンではこの2等車両を連日満席が続いているウドンタニ線の増発に振り向けることにしました。

(画像1:コラート線からウドン線に転用されたラオス側のバス)

増便分は、ウドンタニとビエンチャンをそれぞれ朝9時と午後3時に出発。 以前からある朝8時の始発便と午後2時の便の続行という形です。

ウドンタニを朝8時に出る始発の便では、前夜11時45分にバンコクを発ったチャンツアーのウドンタニ行き最終バスからの接続がかなり危ないものでしたが、9時発便が設定されたことで余裕を持って接続できるようになります。

(画像2:9時と15時が増便分。前後時間帯の混雑が緩和される)


2013年2月11日月曜日

バンコク~ビエンチャン国際特急運行開始、コラート線は廃止

コンソン(特急バス公社)は、ラオスへ直行する国際特急バスとして開設が待たれていたバンコク(モーチット2)~ビエンチャン(タラートサオ)線の運行を開始しました。往復共に夜行、所要約12時間で結びます。

(画像1:タイ・ラオス両国の首都が直行バスでつながる。モーチット2にて撮影)

バンコク発は20:00、ビエンチャンからは18:00に出発。途中、コラートマイ(ナコンラチャシマ市)に停車します。


バンコク~ビエンチャン線は、2004年に最初の泰寮間国際特急としてノンカイ、ウドンタニからのビエンチャン線が運行を開始した当初から計画されていました。その後、バンコク延長の前段階として2009年12月からコラート~ビエンチャン線を運行(前記事「コラート~ビエンチャン国際特急運行開始」参照)、昨年ようやく両国間の調整がついてバンコクへ延長されることが決定しました。そして、昨年11月にビエンチャンで行われたASEMサミットに合わせる形で、運行が始まったものです。このため、従来のコラート線はバンコク線に統合の上、廃止となりました。

従来のコラート~ビエンチャン線では、タイ側の2等に相当する車が使用されていましたが、バンコクへの延長に当たりスーパーVIP(VIP24)相当に格上げされました。運賃もバンコクとコラートからのものが設定されています。バンコクからは900Bt.、コラートからは600Bt.。 ビエンチャンからはモーチット2まで248,000Kip、コラートマイまで149,000Kipです。

(画像2:ラオス側もスーパーVIPバスを用意。ほぼ満席でノンカイの出国審査場に到着)

2012年7月31日火曜日

モーチット~パクセ直行バス運行開始へ

コンソン(特急バス公社、チャトチャック区)は、タイとラオスの間を乗り換えなしで結ぶ10番目の直行路線として、バンコク~パクセ間の運行を開始すると発表、乗車券の前売りを開始しました。

BTSエカマイ駅そばの東バスターミナル(クロントイ区)に掲示された告知によりますと、バスは10月1日から1日1往復運行するとのこと。モーチット2を夜9時に出発、従来から運転されているタイ側の特急バス[7](モーチット2~コンチァム・チョンメック)の延長線上で国境のチョンメック検問所を経由してラオス領内に入り、ラオス南部の中心都市パクセを目指すものです。パクセまで所要約16時間、つまり翌日のお昼に到着する算段。一方、パクセ発は夕方4時に出発して翌朝7時過ぎにモーチット2に到着します。

バスはVIP32扱いで、片道900Bt.(ラオス側からは225,000Kip)。これは、今年1月から運行を始めたチェンマイ~ルアンパバン間の[8]に次ぐ高運賃となります。

2011年10月28日金曜日

【速報】ノックエア、スワンナプームに移動

 ドンムアン空港の事実上の閉鎖で25日午後から全便欠航となっていたノックエア(DD)では、保有していたB734型機をスワンナプーム空港にフェリー(回送)して運航を再開できる目処が立ちました。昨日27日から、ジェット機が使用されている各路線で順次運航が再開され、バンコク首都圏から地方への脱出を目指す人の受け入れに全力を挙げています。
 今日28日からは、ATR72型プロペラ機も加わってほぼ全路線での運航を再開。メソットやロイエット、プレーといった他社が飛んでいない地方都市への脱出もできるようになります。スワンナプーム発着での運航は、現時点では11月10日まで予定されています。

 スケジュール、予約はノックエアのHPをご覧いただくとして、チェックインは通常エアアジアやバンコクエアウェイズが使用しているスワンナプーム空港4階Dアイランドを使用すると告知されています。

2010年10月28日木曜日

イサーン北部初のマクドナルドは24時間営業!

 国鉄東北線ウドンタニ駅近くにオープンした大型ショッピングモール「UD TOWN」には、イサーン北部初導入となるブランドショップが多数入居しています。飲食店ではバンコクで人気のチェーン店があり、地元在住の欧米人には待ちに待ったマクドナルドも開店しました。ウドンタニ市内、というよりコンケン市以北のイサーン北部でも初めてとなります。

 マクドナルドはUD TOWNの一番南の道路に面しており、ドライブスルーが可能。このため他の入居者と違って24時間営業を行うことができます。メニューはバンコク首都圏内のそれとほぼ同等で、ダブルビッグマックやトリプルビーフチーズバーガーも取り扱っています。

88 Tongyai Road
Makkaeng Mueang
Udonthani 41000

2010年10月18日月曜日

コラート~ビエンチャン国際特急バスの時刻変更

 昨年12月から運行を開始したコラートマイ~ビエンチャン・タラートサオ間の国際特急バスが、発車時刻を変更しています。改正後は両都市を朝9時に出発し、午後4時に到着。トイレのない2等扱いなので、途中のコンケン県内で2回のトイレ休憩があります。

(画像1:コラートマイの公社切符売り場に改正後の時刻が)

 バンコクからはモーチット2午前5時発の[21]コラートマイ行きで接続が取れるようになり、従来の深夜3時から大きく改善しました。ビエンチャンにはまだ陽が高いうちに到着。当日の夜行バスに乗り継げば、車中1泊2日でルアンパバンに着けます。さらにビエンチャンからベトナムのハノイへ向かう国際バスにも乗り継ぎできるので、バンコクからハノイまで車中1泊2日、運賃合計1,200Bt.というバックパッカー旅行もできます。
 ビエンチャンからも夕方にコラートへ到着して、その足でバンコクへ夜の早い時間に入れます。

 コンソン(特急バス公社)の担当者によりますと、コンケンとコラートからのビエンチャン線はタイ人でも原則としてパスポートがないと乗れないこともあって、1便あたり10人程度の利用にとどまっているとのこと。外国人、特にビザなし渡航ができる日本や韓国からの旅行者にもっと利用してもらいたいと述べていました。

(画像2:コラート発ビエンチャン行きのバスがタイ側出国審査を終えた)

 

2010年10月6日水曜日

狙いはラオス人!!ノンカイで大型店の競争激化

 タイとラオスの国境の町では、ラオスからボーダーパス(簡易パスポート)を使って買い出しに来るラオス人を見込んで、大型ショッピングセンターの開設ラッシュが続いてきました。両国間を結ぶ最大の交易地ノンカイは、大都市ウドンタニの存在もあって少し出遅れの気配がありましたが、競争の波は着々と迫っています。


 9月30日、卸売り専門の大型スーパー「マクロキャッシュ&キャリー」ノンカイ店がオープンしました。ノンカイ市街地からウドンタニ方向へ約5kmという不便地を選んだのは、ラオスから車で買い付けに来る個人商店経営者を見込んだもの。国道2号線が第1友好橋へ向けて分かれていく交差点から2kmと近く、ノンカイ市街地を通らずに行ったほうが速いという環境は、明らかに市街地の店舗に対する脅威です。営業時間も商店主が営業開始前に仕入れできるように朝6時から夜11時までとなっており、友好橋が開いてすぐにタイに入国すればもう開いているというのはラオスの商店主にとってこれ以上ない利便でしょう。

232 moo 12 Mittraphab Road
Phochai Muang
Nongkhai 43000

TEL +66-42-990818

 これに対し、市街地から比較的近い立地のテスコロータスノンカイ店は戦々恐々。マクロが進出する前は、ラオス人商店主にとってタイからのまとまった仕入れができる大型店はテスコロータス以外ありませんでした。しかし、テスコロータスは朝9時オープンだったため、マクロがもっと早い時間から営業すればラオスからのお客様はみんなマクロに流れてしまいます。そこで、オープン時間をマクロと同じ朝6時と、一気に3時間も繰り上げました。

(画像:テスコロータスノンカイ店にて。オープンを繰り上げた旨の告知が掲げられた)

 旅行者や一般の生活者にはマクロはどちらかというと縁遠い存在で、小売もするテスコロータスの方が知名度がありますが、競争によって利便が向上するのは良いことです。ノンカイに展開していないBigCも加えた競争は、今後さらに熱を帯びることになりそうです。

304 Moo 10 Mittraphab Road
Phochai Mueng
Nong Khai 43000

TEL +66-42-465819


 

2010年10月5日火曜日

タイ国内でキップからバーツに両替するには

ラオスの通貨キップは、海外では原則として両替できません。ビエンチャンを出てタイ側の街ノンカイやウドンタニに向かうのであれば、バスに乗る前に必ず、両替を済ませておかなければいけないはずです。それを忘れたり、ラオス人でノンカイ到着後に手持ちのバーツが足りなくなったりした場合、従来は両替する方法がありませんでした。しかし、タイの商業銀行最大手バンコク銀行がついに手を打ってくれました。

(画像1:バンコク銀行ミッタパープノンカイ支店。よく見ると左下に…)


ノンカイ中心街から約2km離れた大型ショッピングセンター、テスコロータスノンカイ店のすぐ前にあるバンコク銀行ミッタパープノンカイ支店は、ラオスキップからタイバーツへの両替に応じるとの横断幕を出しました。レートはラオス国内での両替に比べると落ちるものの、非常事態時の両替として外国人旅行者も覚えておかなければいけないところです。営業時間は月曜日から金曜日までの朝8時30分から午後3時30分までです。

(画像2:タイ語、ラオス語、英語で「キップの両替いたします」とある)

2010年10月4日月曜日

セントラルプラザ・ウドンタニ誕生

 イサーン第3の拠点都市、ウドンタニ市最大の大型ショッピングセンター「チャルンシーコンプレックス」が昨年、タイ最大の百貨店チェーンセントラルグループに買収されました。チャルンシーコンプレックスはバンコク郊外やコンケンと同じ「セントラルプラザ」に名前を変え、営業を続けています。併設されている高級ホテル「チャルンシーグランドロイヤル」も、セントラルグループの高級ホテルブランド「センタラ」を取って、「センタラホテル・ウドンタニ」に名前を改めました。

(画像1:セントラルプラザ・ウドンタニの建物。セントラルのロゴが誇らしげだ)

 セントラルプラザ・ウドンタニには元々ロビンソンデパートや、スーパーのTopsといったセントラルグループの各種部門が集中していました。このため、店舗拡張に伴う増築を行うには、セントラルグループの支援を受ける必要があると地主側は判断、売却を決めたとみられます。

 セントラルグループの不動産開発部門を担当する「セントラルパッタナ」(バンコク首都圏パトゥムワン区、SET上場)では、来年以降建物の増築を予定しています。

(画像2:チャルンシーグランド改め、センタラホテルとなった)