2009年10月18日日曜日

日タイボクシングビジネスの問題点が次々と(1)

 福岡での試合中、サーカイ・ジョッキージム選手が殉死してから、もうすぐ1週間になろうとしています。この間の各種報道から、日本とタイ双方のボクシングビジネスに潜んでいた問題点が、次々と明らかにされてきました。
タイの国際式ボクシング界は、ウィラポンやポンサクレックら、世界チャンピオンクラスの選手と、そうでない選手とのレベルの差が極端。このままでは、健全なスポーツとしての歴史に、大きな汚点を残すことになりそうです。

PBATでは、明日19日の会議で対応策を検討するとしています。

《タイ側:協会とコミッションの一元化が不十分》
タイプロボクシング協会(PBAT)のソムチャート会長は、サーカイ選手に発給されたボクサーライセンスの有効期限が切れていたにもかかわらず、TBC(コミッション当局)が勝手にサーカイ選手の日本遠征を許可したと主張しました。

タイのボクシング法(1999年制定)では、観光スポーツ省の外郭団体であるPBATがライセンス発行や海外遠征承認など、選手個人にかかる業務を行い、TBCはランキングと試合の正統性のみを業務とするということになっています。

確かに、プロボクシング運営の大原則である「1国1コミッション制」に則ってTBCが設立された以上、TBCはPBATが設立された後も自らを頂点として業務を行いたいのもわかります。PBATよりもTBCの方が当然歴史は古く、国際的認定団体(WBC、IBF、WBO)に加盟しているのもTBC。もしこの状態で、PBATがTBCを差し置いてコミッションとしての活動を本格的に始めれば、1つの国に複数のコミッション組織が存在するという異常事態になり、タイのボクシング界全体の信用が破壊されてしまうのです。

その結果、ライセンス管理についてPBATとTBCの間で意思疎通ができず、サーカイ選手のライセンスが2008年5月の時点で切れて更新手続きされていなかったことにTBCは気づかないまま、2度に渡ってサーカイ選手の日本遠征を承認したというのがPBATの見解。2008年10月26日、テルヤダイヤモンドホール(沖縄県那覇市)での対牧野サトシ戦、そしてそして今回の対仁木一嘉戦と、2度の日本行きがどちらもライセンスの切れた後だと、ソムチャート会長は述べています。

一方で、バンコクで発行されているボクシング専門日刊紙「ムエサイアムトゥデイ」は、PBATがTBCに対して強制力のある指導を行ったり、ジムないしは選手を直接管理したりする権限がなかったと指摘しています。このために本来PBATが行うとされている選手派遣の承認業務を、PBATの頭越しにTBCが行ったとしても、PBATがTBC側に介入してくることはなかったのです。

それに対し、日本の場合は一般財団法人日本ボクシングコミッション(JBC、東京都文京区)がボクシング界全体の頂点としてライセンスなどの選手管理や試合の正統性、ランキングなどをすべて掌握しており、日本プロボクシング協会はジムを統括する業界団体としての業務に事実上専念しています。PBATとTBCの一元化が実現し、コミッションがライセンスも含めた選手個人を厳しく管理していれば、ライセンスの切れた選手を海外に送り出すことはなかったはずです。

《タイ側:ランカー粗製濫造》
JBCは2007年9月、制度を改定。それまでの日本での負けが込むことによって招請禁止になる制度から、事前にある程度の規制を施すように、表向きはなりました。

JBCによりますと、現在は次に挙げる基準を満たさないと、タイ人選手は日本で試合をすることができません(JBCのHP「WEBボクシング広報」参照)

1.世界、東洋太平洋、TBCタイ国内のいずれかのランカー(ただし、ここで使われる世界ランクは実質的にWBCのみ。TBCはWBAを脱退しており、またJBCはIBFとWBOを認めていない)
2.ランカーでない者は出身国内での国際式の試合で7勝以上していること(コミッション当局の確認が必要)
3.コミッション当局から推薦状の発行を受けること

これに対し、TBCは国内ランキングの制度が不十分であることに目をつけ、本来の実力が伴わない選手をどんどんランク上位に認定し、「ランカー」という基準を満たしたとして日本遠征を承認してきます。サーカイ選手の場合、3月8日の対辰吉丈一郎戦に勝利したことでTBCスーパーバンタム級1位となり、JBCの来日招請基準を満たしていました。
しかも過去には、5年間のブランクから復帰してタイ国内で1勝を挙げた(前記事「なぜだ!辰吉KO勝ちも次戦ダメ」参照)辰吉選手が、その勝利だけでTBCバンタム級1位になった例もあります。辰吉選手の場合、試合を行った時点でJBCボクサーライセンスが失効していただけでなく、JBCから引退勧告も受けていた。そのような選手をランクインさせたTBCのランキング作成方針も極めて問題です。

《タイ側:推薦状乱発》
ランカーでない者は7勝以上していることをTBCに確認してもらい、その上で推薦状をもらうとありますが、実際にはTBCも、ジム側が半分でっち上げたようなデータを認可したり、ひいてはJBCの招請禁止基準に該当している選手でもランカーだとして推薦状を出すことがあったようです。

TBCは、ラチャダムヌンスタジアム(ポンプラップ区)内にありますが、ラチャダムヌンスタジアム傘下でムエタイの興行を行っているプロモーターであれば、ある程度の戦績でっち上げもできたといいます。今回、サーカイ選手を日本に連れて行ったのは、チューワッタナジムのアンモ会長。彼はラチャダムヌンスタジアムでかなりの力を持つ有力プロモーターです。

例えば昨年10月、辰吉選手と対戦したパランチャイ選手は、当時TBCスーパーフライ級4位のランカーでありながら、過去の日本遠征試合は5戦5敗、しかもすべてKO負け。2006年4月には今回サーカイ選手と戦った仁木一嘉選手と戦い、開始後わずか2分でKO負け。2006年7月の時点で、招請禁止基準(日本での試合で3連続KO負け)に該当していました。

JBCでは、競技としてのレベルの高さを極めて重視しており、レベルに見合わない選手が単なる出稼ぎ目的で来日する「咬ませ」を表向き、禁じています。ところが、パランチャイ選手は基準を満たしていたのに招請禁止ボクサーにならず、2007年4月22日、サーカイ選手の最後の試合会場でもあった宗像ユリックスで対橋本力戦に出場、3ラウンド1分53秒TKOで敗れます。ランカーという理由で推薦状が出てしまった。そう考えざるを得ません。